岩谷産業——営業利益の7割を水素に注ぎ込んで、それでも黒字の会社
保有中(含み益 +44%/2026年9月9日終値時点)
水素関連株を並べると、たいてい同じ形をしている。売上は小さく、赤字で、資金調達を繰り返しながら「水素社会が来れば」と語る。月曜に触れたPlug Powerがまさにそれで、あれから何年も黒字化を待っている状態が続いている。
岩谷産業は違う。年間356億円を水素に投じながら、黒字を出し続けている。
今日はこの一点を掘る。
何を持っている会社なのか
まず押さえておくべきは、岩谷産業が水素ベンチャーではなく1930年創業のエネルギー商社だという点だ。LPガスとカセットこんろで知られ、産業ガスを扱い、そのうちの一つとして水素がある。水素の取り扱い開始は1941年、80年以上の歴史がある。
水素分野での立ち位置は明確に強い。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 液化水素の国内シェア | 100%(2026年3月時点・自社調べ、オンサイト/パイピング除く) |
| 圧縮水素+液化水素の国内シェア | 約70% |
| 水素ステーション | 国内52カ所・米国10カ所(2026年4月時点) |
| 液化水素プラント | 堺・市原・周南の3拠点 |
| 年間水素製造能力 | 1億2,000万m³ |
液化水素はマイナス253度で扱う極低温の世界で、製造も輸送も貯蔵も特殊な技術がいる。ロケット燃料にも使われる領域だ。ここを国内で単独で押さえている事実は、水素社会が来た場合の優位として重い。
投資額を、利益と並べてみる
2023年発表の中期経営計画「PLAN27」(2023〜2027年度)の中身はこうなっている。
- 5年間の総投資額:4,700億円
- うち水素戦略:1,780億円
- 水素事業売上:2022年度450億円 → 2027年度920億円
- 水素販売量:1万4,000トン → 2027年度3万トン
- 2030年の水素事業売上イメージ:2,000億円
ここで1,780億円を5年で割ると、年平均約356億円。これを今期の営業利益予想488億円と並べると、意味がはっきりする。
この会社は、営業利益の7割に相当する額を毎年水素に突っ込んでいる。
普通なら、これだけの先行投資を積めば利益は沈む。減価償却が重くなり、稼働率の低い設備が損益を圧迫する。実際、水素ステーションは世界的に単体で黒字化している例がほとんどない。国内52カ所・米国10カ所を運営していれば、そこは確実にコストセンターだ。
それでも岩谷産業は今期、営業利益488億円(+27.4%)、純利益455億円を見込んでいる。
なぜ耐えられるのか
答えは、水素以外の事業が十分に強いからだ。
| 2026年3月期(実績) | 2027年3月期(会社予想) | |
|---|---|---|
| 売上高 | 9,085億円 | 9,600億円 |
| 営業利益 | 383億円(-17.1%) | 488億円(+27.4%) |
| 経常利益 | — | 590億円 |
| 当期純利益 | 476.66億円 | 455億円 |
売上9,600億円に対して、2027年度の水素事業売上目標は920億円。全社の1割弱にすぎない。残る9割はLPガス、産業ガス、マテリアル、機械といった既存事業で、これらが水素投資を吸収している。
配当も年47円前後を維持しており、投資のために株主還元を削っている形跡はない。利回り2.2%という水準自体は目立たないが、これだけの先行投資をしながら配当を出せているという事実の方が情報としては重い。
言い換えると、この会社の水素投資は借金でもなく増資でもなく、本業の稼ぎで賄われている。Plug Powerが繰り返してきた希薄化とは構造が違う。株主にとって、ここは決定的な差だ。
「水素で稼ぐ」のではなく「水素を稼ぎながら買う」
この構造を投資家の目線に置き換えると、こうなる。
赤字の水素専業株を買うとき、投資家は「黒字化するまでの資金繰り」というリスクを一緒に引き受けることになる。黒字化が3年遅れれば、その間に増資が入って持ち分が薄まる可能性が高い。時間が敵になる。
岩谷産業の場合、水素社会が5年遅れても10年遅れても、その間ずっとLPガスと産業ガスで利益が出続ける。水素の商用化を待つ間、株主は何も失わない。時間が敵にならない。
これは月曜に書いた「二階建て評価」の理想形に近い。一階の本業で説明がつく株価水準にあり、二階の水素はまだ値段がついていない。
指標を確認する
2026年9月9日終値ベース。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 株価 | 2,167円 |
| 時価総額 | 約5,076億円 |
| 予想PER | 約11.2倍 |
| PBR | 約1.05倍 |
| ROE(PBR÷PERで逆算) | 約9.5% |
| 配当利回り | 約2.2% |
| 52週高値 | 2,292.5円(2026年8月7日) |
| 52週安値 | 1,564円(2025年10月14日) |
ROE9.5%が効いている。株主資本コストを8%と置けば、理論PBRはROE÷資本コストで約1.19倍。現在の1.05倍はそこからまだ1割強のディスカウントにある。
つまり市場は、年間356億円を水素に投じているこの会社を、解散価値とほぼ同じ値段で評価している。水素投資が将来価値を生むと市場が判断していれば、PBRはもっと高くていい。そうなっていないということは、水素はまだ株価にほとんど織り込まれていない。
参考までに、自分が買った水準(取得単価はおよそ1,505円)では予想PER約7.7倍、PBR約0.73倍だった。あのときは「水素を評価しなくても明らかに安い」という単純な話だったが、+44%上がった今でもPBR1.05倍にとどまっている。割安の解消は進んだが、水素の評価は一円も始まっていない。
ただし、利益の質は確認しておく
ROE9.5%をそのまま信じていいかは別問題だ。
岩谷産業は2023年12月、村上世彰氏系の投資会社からコスモエネルギーHDの株式約1,740万株を1,053億円で取得し筆頭株主となった。追加取得を経て議決権保有比率は20.07%、2024年3月にコスモエネルギーHDを持分法適用関連会社にしている。石油元売り3位の利益の2割が、連結決算に流れ込む構造だ。
今期1Qの数字にそれが出ている。
| 項目 | 1Q実績 | 前年同期比 | 通期予想に対する進捗 |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 2,333.57億円 | +13.1% | 24.3% |
| 営業利益 | 134.10億円 | +109.0% | 27.5% |
| 経常利益 | 342.95億円 | +361.3% | 58.1% |
| 当期純利益 | 317.21億円 | +569.6% | 69.7% |
営業利益134.10億円に対して経常利益342.95億円。差額の約209億円が営業外で、その大半が持分法投資利益だ。前期の営業利益が-17.1%だったのに今期1Qの経常利益が+361.3%になる振れ幅は、本業が4倍強くなったのではなく市況が動いた結果と見るのが自然だろう。
ここで「PERの分母が石油の利益で水増しされている」と言いたくなるが、それは片手落ちになる。利益にコスモが入っているなら、時価総額にもコスモ持分の価値が入っている。両方を外して計算し直す。
- コスモの持分利益:在庫影響を除く純利益755億円 × 20.07% ≒ 約150億円(2025年3月期ベースの概算)
- 岩谷の予想純利益455億円から差し引くと、コスモ抜きで約305億円
- 時価総額5,076億円から、コスモ持分をPER10倍相当の1,500億円として控除すると約3,576億円
- 3,576 ÷ 305 = 約11.7倍
表面の予想PERが11.2倍、コスモを抜いても11.7倍。割安さがコスモによって作られているわけではない。正しい論点は「見かけが良くなっている」ではなく「利益のブレ幅が大きくなっている」の方だ。同じ11倍台でも、振れやすい11倍と安定した11倍では意味が違う。
なお、水素投資を本業で賄えているという先ほどの話は、この持分法利益がなくても成立する。営業利益488億円は、コスモを含まない数字だからだ。
月曜のテーマ解説とつながる数字
一つだけ、この会社の限界も書いておく。
2027年度の水素販売量目標は3万トン。国が掲げる2030年の水素等導入目標は最大300万トン。国内で液化水素を独占している会社ですら、国家目標の1%にとどまる。
月曜に「政策の目標値と実需の桁が3つ違う」と書いたが、その実例がここにある。国の目標は、岩谷産業が100社あって初めて届く水準として設計されている。年間356億円という投資額は会社にとっては巨額でも、国家目標から見れば小さい。
水素社会が本当に来るなら、岩谷産業だけでは足りない。逆に言えば、この会社の投資ペースが国の目標達成の現実的な上限を示しているとも読める。
保有している立場から
+44%が乗っているが、これは水素の目論見が当たった結果ではない。PBR0.73倍という歪みが埋まっただけだ。読みが当たったというより、本業で稼げている会社を安く買えたおかげで、慌てずに待っていられたという方が近い。
継続保有する理由は、買ったときから変わっていない。
水素が来なくても損をしにくく、来たときには大きい。年間356億円を投じ続けても黒字が出る構造がある限り、待っている間のコストはほぼゼロだ。PBR1.05倍は下値の説明がつき、液化水素100%シェアは低温技術と製造拠点の蓄積によるもので10年単位では崩れにくい。水素社会が5年遅れても、来るなら結局この会社を通る。
一方で、売却を考える条件も決めてある。
一つ目は、水素投資が本業の稼ぎを食い始めたとき。現在は営業利益488億円に対して年356億円という比率で耐えているが、本業が減速して営業利益が300億円を割るような局面では、この構図が崩れる。そのとき会社は投資を削るか、株主還元を削るか、外部調達に頼るかの選択を迫られる。どれを選ぶかで銘柄の性格が変わる。
二つ目は、コスモの持分法利益を除いた実力ベースの利益が落ちてきたとき。PER11倍が「市況の良い年の利益で計算された11倍」なら、それは割安ではない。決算短信でセグメント別の中身を分けて追う必要がある。
取得単価は自分の都合であって、企業の価値とは関係がない。+44%という数字は、ここから先の判断材料としては何の意味も持たない。見るべきは、営業利益488億円という数字が来年も再来年も立っているかどうか。それだけだ。
水曜はJパワーを扱う。同じく保有中で、こちらは水素の位置づけが岩谷とかなり違う。
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